IT企業と地域貢献

古いお話で申し訳ありませんが、昨年の記事「毛筆フォント」を利用した「のし紙印刷システム」の話しをしましたが、それを利用し過去に私(当社)が行なった地域貢献の話しを書きたいと思います。

建設業においての地域貢献、社会性は工事評点の対象という点から、各社各工事において種々の工夫が実施されています。

そう意味では工事の大変忙しい最中の対応は苦労も多い事とお察し申し上げます。

実際、私も現場の電子納品支援業務でこれらに関する書類を拝見する機会も多く、感心させられる内容も数多く存在します。

さて我々IT業界(一応当社もこの業界ということで・・・)にもそのような気構えを持って行動している企業も存在することをご理解いただければ幸いです。

そしてそれは札幌あるいは北海道発として全国区になったものも多く存在するのです。


今から19年前、当社も参加した国民体育大会協力活動のお話です。

●国民体育大会
http://www.japan-sports.or.jp/kokutai/index.html

平成元年(1989年)、北海道において第44回国民体育大会が開催されました。

大会の入賞者(第1位~第8位)には賞状が贈られます。

賞状素材、デザインは毎年開催の都道府県により工夫が施された物の利用が主流となっていました。

この「はなます国体」では道産材(エゾ松を薄く張り合わせたもの)で作られたのです。

しかし、この賞状が作られてからある問題が発生しました。

はまなす国体では競技の迅速化のため競技終了後ただちに表彰式が行われました。
その時間は競技終了後概ね10分程度だったと思います。

この時間に入賞者分、つまり8枚(第1位~第8位)の賞状を作成しなければなりません。

賞状には競技名順位都道府県名氏名日付が記載されます。

はまなす国体迄は毛筆の筆耕者の方が1枚1枚丁寧に書いておられたのです。

競技名、日付については当日事前に書いておく事ができますが、順位、都道府県名、氏名は競技終了後でなくては記載できません。

順位は第1位から第8位に決まっているので事前に記載可能と思われるかもしれませんが、競技によっては同一順位が発生する場合もありますので事前記載ができません。

それと大会用に用意された賞状の作成枚数にも制限があったので無駄な使用はできませんでした。

このような点から次の2点が問題として浮上しました。 

1.毛筆筆耕者の確保が難しくなっていた。
(毛筆筆耕が可能な方はどちらかというと年配者に多く、年々その確保がしづらくなっていたのです)

2.木製の賞状だったので墨の乾きが遅く、筆耕終了後短時間に授与すると墨が散ってしまった。


この最中、ハドソンに札幌市の国体関係者より連絡が入りました。

ITを利用して何とかこの問題を解決できなかというのです。

ハドソンは快諾しました。
「何とかしましょう!」

まさにハドソン工藤社長(当時)の言われている 「0」 から 「1」 への発想です。
誰もやっていない事にチャレンジする、まさに技術屋魂に火がついたのです。

それはハドソンの札幌市に対する地域貢献でした。

ハドソンの掛け声で、当時ハドソンとお付き合いのあった4社が賛同して集まりました。
もちろん当社もその中に含まれています。

早速、ハドソンの植松逸雄社長室長(故人)をリーダーとするプロジェクトチームが結成されました。
もちろん無償奉仕のボランティア活動です。

まず、当時パソコンの主流であった 「NEC PC-9800シリーズ」 を利用し複合機(レーザープリンタ)で出力する方法が検討されました。


この方法であれば文字筆耕者の確保、印刷処理時間、墨の乾燥問題が一気に解決できるのです。

現在のWindowsと違いMS-DOSの世界では毛筆フォントの利用が簡単ではない時代でしたが、当時ハドソン社は年賀状印刷のし紙印刷用ソフト開発で毛筆フォントを保有していたので、これを転用する事としました。

印刷処理速度向上のためフォントはROM化され、Cバス上から読み取る方法となりました。
何せ当時のハードディスク容量が10MBとか20MBとかで、FDのみで動作するソフトも多かったですし、20MBのHDDが「10万円を切って発売!」が話題になるような時代でした。

この19年間でMB(メガバイト)からGB(ギガバイト)そして今やTB(テラバイト)の世界へと変わってしまいました。驚くばかりです。


さてこの画期的と思われた方法に最大の難関が待っていました。

それは用紙サイズの問題です。

●国体賞状サイズ
横320mm  縦440mm

●A3サイズ
横297mm  縦420mm

縦方向(印字出力方向)の20mmは特に問題となりませんでしたが、横方向(幅)の23mmには問題があったのです。

元来A3サイズ対応のレーザープリンタではこの23mmはメーカーが保証する許容差を超えていたのです。
かといってA3サイズを越えるレーザープリンタの利用策もなかった訳でないのですが、これだと費用的にも移動性の点でも多くの会場で利用する事は困難だったのです。

そこでハドソンは日頃お付き合いのあったコピー機メーカーに相談したのです。

それは北海道リコーでした。
●北海道リコー株式会社
http://www.hokkaido.ricoh.co.jp/

北海道リコーとしてはレーザープリンタの給紙部分に手を加え、国体賞状用紙がスムーズに出力できるよう改造を行ってくれたのです。

そればかりか大会期間中にマシントラブル対策用にと全国のリコー販社保守要員を北海道へ集めていただいたのです。

ちょっと大袈裟になりますが北海道IT企業連合軍「はななす国体」を陰で支えたのでした。

大会本番前に何度も印刷テストを繰り返し問題がない事を確認しました。


この模様をNHKが取材に来られ夕方のニュースで放送されました。
その時のビデオ映像がありましたのでキャプションしましたので一部を紹介します。
(ビデオ映像のキャプションですので不鮮明な点はご容赦願います)

NHKニュース


↑【NHKニュース(札幌)】
パソコンを利用した賞状の紹介です。


入力風景


↑【入力風景】
入力作業風景です。


入力画面


↑【入力画面】
CRT画面が何とも時代を感じさせてくれます。


出力装置


↑【出力装置】
リコー製の複合機です。


出力状況


↑【出力状況】
抜群の処理速度です。


賞状完成


↑【完成】
このように綺麗に出力されました。



実際の大会では、各会場に於いて朝一番必ず印刷テストを行っていました。

どうせテスト印刷するならばと、会場にボランティア参加している人の名前を入れテストしていました。

我が家にも当時の1枚が残っていました。
それが下記の写真です。
はまなす国体賞状


↑【はまなす国体賞状(平成元年)】
当然 本物 の賞状にテスト印字します。

会場での運用は3名で1チームを結成していました。

1番上の北海道欄には私の名前が記載されています。
2番目の北海道欄はプロジェクトチームの人でパソコン入力してくれた女性オペレーターです。
3番目の神奈川県欄はリコーから応援に来てくれた方です。

賞状発行支援は大きなトラブルもなく大成功でした。


当社も札幌市に会社を構える者として札幌市への地域貢献としてボランティア活動をさせていただいたつもりでしたが、プロジェクトリーダーであった株式会社ハドソン様より感謝状をいただきました。

感謝状


↑【ハドソン様よりの感謝状】
感謝状の文言最後に「記念品を贈呈し・・・・」とありますが、実際は記念品ではなく実弾(?)でした。(※実弾と言っても鉄砲の弾ではありませんのであしからず・・・・・弾数は内緒です)
この時ハドソンのスケールの大きさを改めて知らされました。
ハドソン様、誠にありがとうございました。(19年前の事でスミマセン!)

※この感謝状も毛筆印字システムを利用し「パソコン」「レーザープリンター」で出力したものです。



さて国体会場には次年度開催予定地から職員が派遣されて来ており各会場の運営状況を視察されていました。
次年度は福岡県が開催予定地でした。

福岡県から視察に来られていた方はこの賞状印刷システムに高い関心を寄せられていました。

そして、福岡県から依頼の声をいただいたのです。
この時結成されたプロジェクトチームは翌年、福岡県と出かけたのでした。


1週間に渡り福岡市内での各競技における賞状印刷をお手伝いさせていただきました。
もちろん無償奉仕です。

この時、ハドソン福岡営業所とお付き合いのあった地元福岡のIT企業の参加もいただき、札幌からのプロジェクトチームと合流し支援にあたりました。

「はまなす国体」に始まりここ「とびうめ国体(福岡国体)」を通じ、この時の経験は私にとって金銭では替えがたい大変貴重なものとなりました。

大会最終日の夜、中州の居酒屋で打ち上げとなり、札幌、福岡の両プロジェクトチーム合同で大宴会となりました。


札幌組の一人が店員さんへの生ビール注文で 「ジョッキ2つ下さい!」 と大声で注文し、空のジョッキ2つがテーブルに置かれた時は札幌組全員で大笑いしたのを思い出しました。

私の出張仕事の大変良き思い出話しとなっています。

当時会社設立5年目、ほんの少し先の光が見えはじめていた頃です。

この時初めて心の中でIT業界に転じた自分に納得したのでした。



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この記事へのコメント

  • ジェベリスト777

    とても素晴らしい裏話ですね。
    はまなす国体の裏にそんな努力があったとは全く存じませんでした。
    自分もPCを始めたころはハドソンさんに御世話になりました。
    っていうかハドソンでPC購入しました。もう20年も前のことですけどね(^^)。
    2008年11月28日 16:51
  • 温泉マン

    ●ジェベリスト777さん
    ハドソン社との思い出は数多くあります。
    「SL C62 3」の運行にも大きく貢献していましたね。
    丸井今井にもハドソンのショップがありました。懐かしい時代です。
    私のPCも最初ハドソンで購入しました。
    「PC-8001」→「X1-Turbo」と愛用していました。
    2008年11月28日 17:41
  • ジェベリスト777

    そうです、自分も丸井今井のハドソンで購入しました。
    「X1ーTurbo」、懐かしい名前ですね! Sharpですね!
    自分は「X-68000」です。2年後にもう1台購入して会社におきました。
    数年前に2台ともメインスイッチが故障して起動できなくなりました(++;。
    2008年11月28日 23:56
  • 温泉マン

    ●ジェベリスト777さん
    そうですか、「X-68000」を買われたのですね。それも結果的に2台も・・・
    これは歴史に残る名機ですね。
    私も「X1ーTurbo」は既に動作不良で廃棄しましたが「PC-8001」はまだ現役で動きます。(笑)
    2008年11月29日 08:48
  • ss

    御無沙汰しております。お元気ですか。
    宮島は大変綺麗でしたね。
    あの福岡までの道のり、そして福岡の灼熱な会場。懐かしいですね。
    2016年11月28日 15:08
  • 温泉マン

    >ssさん、こんにちは。コメントありがとうございます。
    大変ご無沙汰しております・・・と言わせていただきますが、どなたかわかっておりません(汗;)
    コメント内容からすると、小樽港から舞鶴港を経て福岡までご一緒された方ですね。
    私にとってもあの時の仕事が生涯忘れる事はないと思います。
    ボンバーマンがとても懐かしく思い起こされます。

    福岡から札幌までは私一人が車で移動となりました。
    途中、姫路や大阪に立ち寄り楽しい時間を過ごしました。

    ssさんもどうぞお元気にご活躍下さい。
    2016年11月28日 19:30

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