国鉄時代の時刻表 その1

前回お話していた国鉄時代の時刻表(S41年3月号)が出てきましたので、この時刻表に関して数回に分けて記事を書きたいと思います。

残念ながら当時の列車や駅の写真がほんの少ししかありませんので、文字中心の記事になってしまいます事あらかじめご了承願います。

北海道内を鉄道が網羅していた懐かしき良き時代を振り返り、郷愁に浸っていただければ幸いです。

なお、記事中に万が一間違った記述等を見つけられた場合はご指摘のコメント等をいただけると助かります。


当時より鉄道ファンあるいは鉄道マニア等、通称:鉄っちゃんと呼ばれる人々がいました。

その人たちの行動は様々です。

1.時刻表を集めている人
2.駅弁食べ歩きやその包装紙を集めている人
3.記念切符や硬券を集める人
4.鉄道を乗り歩く人(全国路線制覇、最端駅訪問、秘境駅訪問 etc...)
5.青春18切符等の格安券を利用してのんびり旅する人
6.列車(蒸気機関車、ブルートレイン etc...)や駅舎、駅名板の写真を撮る人
7.電動模型の列車を走らせる人
8.本物と同様の蒸気機関車のスケール物を走らせる人
9.鉄道グッズを集める人
10.廃線跡を訪ねる人
etc..........


昭和41年3月といえば私は小学校の高学年でした。
今から40年前の話しです。

私はどちらかというと鉄っちゃんというレベルには至っていなかったと思います。
年に1度位の間隔で、上記1の「時刻表を集める・・」というレベルだった気がします。


北海道の多くの路線で蒸気機関車がまだまだ活躍していた時代です。

まずは当時(S41)の鉄道路線図を見てみます。

北海道鉄道路線図


↑【S41年 国鉄北海道鉄道路線図】
皆さんの故郷や現在お住まいの地域等、思い出に残る駅がありましたらご確認下さい。

私の生家は妹背牛町です。
函館本線で深川駅の1つ札幌寄りの駅です。

妹背牛駅は現在も存在します。
妹背牛駅は旭川函館を結ぶ函館本線にあり、道内でも列車の運行本数の多い所です。
私が幼少の頃は駅員さんがいる有人駅で、売店もありました。
列車に乗る時はいつも売店をうろうろしていたように思います。
そして必ずと言ってよいほどネットに入った「みかん」を買った記憶があります。


当時自家用車を持つ家は少なく、遠距離の移動は鉄道が主たる交通機関でした。
しかしながら、過疎化の進行、自家用車の保有、道路整備等から利用客は減少、そして国鉄の民営化(JR化)により無人駅となってしまいました。


参考迄に2年前、2004年(H16)のJR北海道路線図を見てみます。

JR北海道路線図


↑【H16年 JR北海道鉄道路線図】
S41年当時と比べると多くの路線が廃止されている事がわかります。


私は幼少の頃、1年に1度程度札幌へ出かける機会があり、その際は妹背牛駅より蒸気機関車に乗り札幌駅へと向かったのです。
途中、滝川駅では蒸気機関車の水を補給していたと思います。
当時、妹背牛~札幌駅まで普通列車で約2時間30分を要しました。

急行や特急に乗り換えればもっと早く着くことができましたが、当時の旅は急ぐものではなかったのと、お金の面で普通列車ばかりでした。
列車そのものに乗れる事が嬉しかったので、別に気になりはしませんでした。

私が初めて特急列車に乗ったのは高校生になってからです。


S41年当時の旭川~札幌間の時刻表です。

旭川・札幌間時刻表


↑【S41年、旭川~札幌間時刻表】
昔の時刻表をみていると現在と違っているいくつかの点がお気づきになるかと思います。

1.【準急】という種類の列車が走っていた。
  本州の私鉄等では現在もこの種類の電車はありますが、当時の北海道にもあったのです。

2.座席のグレード種類が、1等車、2等車という区分であった。
  1969年(S45)に1等車、2等車という等級呼び名制が廃止となり、グレードの高い方をグリーン車、そうでない方を普通車と、現在の呼称になりました。

3.特急列車にはのマーク、すなわち食堂車が連結されていたのです。

細かな点を挙げると他にもありますが、あとはお読みになられている皆さんで発見して見て下さい。


参考迄に2年前、2004年(H16)の旭川~小樽間の時刻表を見てみます。

H16旭川~小樽時刻表


↑【H16年、旭川~小樽間時刻表】
先ほど説明した【準急】、1等車・2等車の名称はなくなっています。

それと、札幌近郊に新しい駅が増えている事にお気づきかと思います。
JRになってから、通勤客の利用を見込んで新駅が誕生しました。
その中のいくつかは民間請願駅で、新駅周辺の宅地化により住宅開発会社の負担で設置された駅です。

さて、時刻表の中に札幌駅周辺の地図が載っているのですが、S41年のものには札幌市内に路面電車が縦横無尽に走っていたのが良くわかります。

札幌駅周辺図


↑【札幌駅周辺図】
札幌の主たる道路には路面電車が運行されていました。
通勤ラッシュ時などは路面電車の連結車もあり、懐かしく思い出されます。

たくぎん広告


↑【たくぎん広告】
そして北海道の都市銀行と言えばここでした。
懐かしいマスコットのイラスト入り広告です。

もう昔の思い出として語られるばかりです。


ここのブログに本州からの訪問者もいらしゃいますので、1966年(S41)の新幹線及び九州方面の連絡列車を見てみます。

画像


↑【S41年3月時刻表】
当然、新幹線は東京~新大阪間しか開通していません。

当時、東京~新大阪間の所要時間は3時間10分でした。

また「ひかり号」の上に「超特」の文字が・・・・
超特急ひかり号と呼ばれていた時代を懐かしく思います。

その後新幹線は1972年(S47)3月15日に新大阪駅~岡山駅間が開業し、1975年(S50)3月10日に岡山駅~博多駅間が開業しました。
開業以来日本国有鉄道(国鉄)によって運営されていましたが、1987年(S63)の国鉄分割民営化に伴い、以後の運営はJR西日本が継承しています。



今回は1回目として、思いつくまま書いて見ました。

次回の記事では今はなき駅で撮影した数少ない写真をまじえご紹介したいと思います。

それではまた。


タグ:  

この記事へのコメント

  • nikumaru

    札幌市内交通図を見て、ちょっとびっくり!!
    札幌テレビ(STV)って、あんなところにあったのですね!!
    2006年12月06日 23:16
  • 温泉マン

    nikumaruさんにコメントいただくまで私も気が付きませでした。
    何せ田舎者で年に1回位札幌に来て狸小路で買い物していた記憶があります。
    2006年12月07日 00:46
  • どぼん

    私の生家は、「国鉄」の駅から100mほどのところにあります。そこは無人駅になって久しい、小さな山陰本線の駅です。
    買われたみかんって、冷凍みかんではないですか。
    そこかしこに懐かしい匂いがしました。
    2006年12月07日 09:58
  • もぐら

    古さが紙の色からにじみ出ていますね。
    我が家も古きものがどこかに眠っていると思いますが整備不良なため、滅多にお目にかかることはありません。
    昔の人の努力は今の若い子(私も)にはなかなか分かってもらう機会が少ないですが、懐かしいものを見せ、そのときに過去の歴史等を話が出来れば、若い子にも何か響くものがあるのでは。
    時には過去を振り返ることは楽しいですね。
    2006年12月07日 10:22
  • 温泉マン

    ●どぼんさん
    生家が駅の近くだったのですね。
    汽笛を聞きながら育ったんでしょうね。
    みかんは、冷凍だったかどうかは記憶がありません。

    ●もぐらさん
    古い時代の小言は嫌われますが、歴史を振り返るのはコミュニケーション的に良いかもしれませんね。
    2006年12月07日 22:26
  • カルゴン

    私も鉄ちゃんまではいきませんが、鉄道の歴史を見たり読んだりするのが大好きです。温泉マンさんのblogはとても為になります。これからもよろしくです。
    2006年12月11日 11:59
  • 温泉マン

    今回の記事お楽しみいただけたようで嬉しいです。
    今後も何回か時刻表に関して書きたいと思っていますのでよろしくです。
    2006年12月11日 12:06
  • カーク艦長

    初めまして、時刻表の検索をしていたら
    偶然このサイトへやってきました。

    上野-黒磯間の時刻表のupはとかは可能でしょうか?
    2007年11月25日 20:34
  • 温泉マン

    ●カーク艦長さん
    初めまして。ようこそ当ブログへお越し下さいました。

    残念ながら私が保有する時刻表は北海道内版です。
    ご期待に添えず申し訳ございません。
    今後もお時間がございましたらまたお立ち寄り下さい。
    2007年11月25日 21:22
  • 私も道産子

    初めまして
    生まれは旭川なのですが、現在静岡に住んでいます。
    というか、北海道には3歳までしかいませんでした、似非道産子ですw
    今秋、道北・道東の旅を計画していて、鉄道がずいぶん廃線になり、移動が大変と感じています。
    昔はどうだったのかなと思い、北海道の昔の国鉄路線図を検索したところ、本ブログを見つけました。 > S41路線図 感謝です。~~

    おぼろげな記憶で、いろいろ路線があったはず・・・・
    と思いましたが、路線図を見てみると、沢山路線があったんですね。
    改めてそう思いました。
    稚内からオホーツク海沿いに網走あたりまで移動をするのですが、
    もともと、鉄道がつながっていたわけではないのですね。
    今は紋別まで路線バス乗り継ぎでたどり着けるようですが、
    ちょっと下車してってわけにいかないもので、レンタカー移動することにしました。
    当時も鉄道が未敷設だったところはバスだったんですかね?

    2014年08月10日 07:34
  • 温泉マン

    >私も道産子さん、初めまして。旭川生まれでいらっしゃるのですね。
    私も今のように温泉巡りをする前、本当は北海道の鉄道に全線乗りたいと思っていました。しかし国鉄民営化で多くの路線が廃線となりその夢も冷めてしまいました。

    稚内からオホーツ沿いに網走方面へ移動されるとのことですが、廃線跡の一部駅が保存されていたり鉄路跡がサイクリンロードとして活用されているところがあります。

    当時鉄道が未施設だった場所はバスが運行していたところもありましたが、そもそも道路が未整備のため車が通行できない区間も数多くありました。そして北海道の多くは豪雪地帯が多く冬期間は交通網が全くないという地区もありました。

    そんな事を考えながら旅をしていただくの面白いのではと思います。

    どうぞ楽しい北海道の旅となりますことを願っています。
    こんなブログですが機会がありましたらまたお訪ねいただましたら幸いです。

    ※当ブログはまもなく100万アクセスを迎えようとして言います。キリ番特典のありますので是非ご参加下さい。
    当ブログ、2014.7.18「100万アクセス、キリ番予告(特典)について」をご参照願います。
    2014年08月10日 12:36

この記事へのトラックバック

パソコン激安通販価格比較
Excerpt: パソコン激安通販価格を比較評価し、購入ガイドや用語集のほかに、格安通販や特価通販、商品在庫や予約状況、人気/ヒット商品ランキングに関する情報も!
Weblog: パソコン激安通販価格比較
Tracked: 2006-12-06 19:34

100万アクセス達成しました
Excerpt: いつも当ブログ「北海道人の独り言」にご訪問いただき誠にありがとうございました。 お陰様を持ちまして昨日(8/20)11時6分18秒、100万アクセスに到達いたしました。 振り返れば約8年と2ヶ月(..
Weblog: 北海道人の独り言
Tracked: 2014-08-21 01:55