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zoom RSS 温泉マンの思い出の駅探訪シリーズ #3 「餘部駅」

<<   作成日時 : 2015/09/08 10:21   >>

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鉄道ファンであれば全国どの駅にでも行ってみたいのですが、その中でどうしても訪ねておきたい駅が ありました。
その思いは単に鉄道ファンだけでなく本業である土木技術者として先人の偉大なる技術を目に焼き付けて起きたかったという方が正しいかもしれません。
それは山陰本線「餘部駅」です。


「餘部駅」というよりは正確には「余部鉄橋」が真の目的になるかと思います。


土木技術者の私としては鋼製トレッスル橋の「余部鉄橋」、しかも1912年(明治45年)3月1日に開通であり大型重機などが存在しない時代にこうした橋梁が建設された事に大変興味を持っていました。

「余部鉄橋」建設により現在の山陰本線のうち京都駅 - 出雲今市駅(現出雲市駅)間が全通となりました。


しかし地理的に日本海からの強風にさらされ安全性について危惧されていましたがついに事故が起きてしまいました。

※以下、wikipediaより引用
1986年(昭和61年)12月28日13時25分頃、香住駅より浜坂駅へ回送中の客車列車(DD51形1187号機とお座敷列車「みやび」7両の計8両編成)が日本海からの最大風速約 33 m/s の突風にあおられ、客車の全車両が台車の一部を残して、橋梁中央部付近より転落した。転落した客車は橋梁の真下にあった水産加工工場と民家を直撃し、工場が全壊、民家が半壊した。回送列車であったため乗客はいなかったが、工場の従業員だった主婦5名と列車に乗務中の車掌1名の計6名が死亡、客車内にいた日本食堂の車内販売員3名と工場の従業員3名の計6名が重傷を負った。なお、重量のある機関車が転落を免れたことと、民家が留守だったことで、機関士と民家の住民は無事だった。




私が最初に訪れたのは2008年7月22日です。


この年、7/20に広島で会合がありその会合に合わせ早めに北海道からマイカーで訪れました。

せっかくの機会なので広島の会合前、四国、九州の温泉を巡り広島入りしその後帰りのフェリーに乗船する舞鶴に向かう途中余部鉄橋に立ち寄ったのです。

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この鉄橋を列車が通過する瞬間はある意味感動的です。

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本当は餘部駅にも立ちよりたかったのですが、駅へは急な坂を登って行かなくてはならず、この時は時間と私の体力の関係で断念しました。
(※矢印の位置辺りが餘部駅です)

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私が訪れた前年の2007年3月から余部鉄橋の架け替え工事が始まりました。

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新しい橋の完成は3年後とのことでこの時は再びこの地を訪れる事はないかもしれないと思っていたのですが、2013年6月、京都で会合があり広島の友人と列車に乗り訪ねてみました。

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旧鉄橋の一部が余部鉄橋「空の駅」展望施設として整備保存されています。
http://www.town.mikata-kami.lg.jp/www/contents/1366982812416/

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帰りの列車まであまり時間がないため、広島の友人は地上へ私は旧展望台までそれぞれ別行動を取る事にしました。

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再び広島の友人と合流し駅名標前で記念撮影です。

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この後列車に乗車しこの日の宿「城崎温泉」へと向かいます。






新しい余部橋梁は2007年3月からの架け替え工事を経て、2010年8月12日に供用が始まりました。

旧線を利用しつつ、最後に新しい橋に切り替えるためには一般の方には見えない苦労がありました。

初代「余部鉄橋」建設から100年、現代技術を結集したエクストラドーズドPC橋で甦りました。

その模様をこちらの動画で是非ご覧下さい。




今後100年に向けた新しい「余部鉄橋」は後世に残る橋梁となりました。


皆さんも機会がありましたらお出かけになってみませんか?



■ 「餘部駅」はこちらです■





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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
自分らは昔、自転車で関東から餘部に行ったことがあります。
そのときは、香住町営餘部YHというところに泊まりました。
ほかに4人ほどお客さんがいましたが、みんな写真撮影の人でした。
1年後、客車の最後部から鉄橋に下を眺めました。
ゆっくりゆっくりでしたが、下が丸見えで怖かったです。
・・・牛田初

うちらの親父が土方だったので、トンネルと橋には目がなく、
天草五橋の時には通過に半日かかりました。
餘部や青函トンネル先進坑開通式にも行きたかったらしいのですが、
仕事があって断念したようです。
2〜3年前に、田村喜子さんの「餘部鉄橋物語?」とかいう本を読んで
もう一度訪問してみたくなりました。
田村喜子さん、すごいですね!文系畑なのに土木に詳しくて・・・
ついでに駅ノートというものなんかも見てこようかなと思います。(行ければですが)
・・・沖密田歌音 
牛田初&沖密田歌音ほか2匹
2015/09/10 14:43
>牛田初さん
自転車で東京から餘部とは超驚きです
多くの人は写真撮影かもしれませんが鉄橋の下を見たのは大変希少な体験かと思います。

>沖密田歌音さん
お父様は土木関係の技術者(職人)さんだったのですね。
日本トップレベルの土木工事にはこうした技術者(職人)さんがいらしゃったからこそ完成に至った事はその工事記録を振り返ると明らかですね。
青函トンネル工事もまさにそのものだったかと思います。

温泉マン
2015/09/10 18:20

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