北海道人の独り言

アクセスカウンタ

zoom RSS 夕張訪問記 その11 『大夕張』

<<   作成日時 : 2007/08/10 01:19   >>

驚いた ブログ気持玉 10 / トラックバック 0 / コメント 0

夕張訪問記の11回目です。
今回は夕張の石炭の歴史を語る上で外す事のできない「大夕張地区」の紹介です。
夕張市の住居表示を見ると「大夕張」という地名は存在しません。
ここ一体は昔鹿島1番地という住居表示でした。大夕張炭鉱開発に伴い住民は皆、大夕張と親しみを込め呼んでいました。

大夕張紹介は複数回の記事予定でしたが、後もつかえているので今回の中で書いてしまいたいと思います。
(本当はちょっとしんどいですが・・・・・)


●大夕張一口メモ
大夕張の歴史を繙くと、1906年(M39)京都合資会社が南部大夕張に開坑、大正期に三菱の経営となり、昭和初期北部大夕張も開発に着手、三菱により栄え、戦後はこの地区の分村まで論議されたのです。
鹿島1番地だった北部大夕張地区は、炭住街の出現により、町名が鹿島○○町と名付けられました。○○には明石、春日、常盤、錦、緑、弥生、宝、千年といった縁起の良い名が付けられたのです。
北部地区にあったのは大夕張炭鉱で、南部地区の三菱鉱業大夕張鉄道南大夕張駅周辺にあった炭鉱は南大夕張炭鉱と呼ばれていました。
大夕張炭鉱は1973年(S48)、南大夕張炭鉱は1990(H2)に閉山となりました。
大夕張地区周辺では現在、2013年の完成を目指し夕張シューパロダムの建設が行われており、完成後は炭鉱で多くの人で賑わった北部鹿島地区は完全に湖底へと消え去ってしまうのです。
【参考文献】
・雑学 北海道地名の旅 本多貢著 菱北新北海道教育新報社発行
・北海道212市町村のルーツを求めて ふるさと探究「上」 北海道生活文化史研究会著 アド真美発行



国道452号は清水沢地区で大きく右へ進路を変えています。

国道452交差点

↑【国道452号、道道夕張岩見沢線交差点】

直進すると夕張本町地区へと通じています。

大夕張へは信号を右折し国道452号を進行します。



踏切

↑【国道452号 右折後踏切】

右折後すぐ踏切(夕張線「正式名:石勝線支線」)があります。



国道452号、三笠、芦別方面

↑【国道452号】

国道452号をそのまま進行すると芦別三笠富良野へと通じています。



炭住跡

↑【炭鉱住宅跡】

左手に炭住(炭鉱住宅)らしき建物がありました。

昔はあちらこちらにこのような炭住街ができあがっていました。




清水沢の交差点右折後約7km進むと、今回の夕張シリーズ1回目で腹ごしらえに立ち寄った北広島のおそば屋さんの姉妹店が南部大宮町(南大夕張)にあります。

入口案内看板

↑【夕張そば天国村工房】

国道脇を少し入った所に案内看板があります。

幸福の黄色いハンカチにあやかっているようです。



店舗全景

↑【夕張そば天国村工房】

何ともレトロな店舗外観です。




営業時間玄関拡大

↑【夕張そば天国村工房】

お店入口に近づいて見ると営業時間が書かれていました。

営業は月〜金曜日11:00〜14:00のようです。

写真右は入口の様子です。


●夕張そば天国村工房ホームページ
http://kitayuri.sobatengoku.com/




ここ南大夕張はその昔大変栄華を誇った街です。

駅名標

↑【南大夕張駅跡】

当時国鉄清水沢駅から三菱鉱業大夕張鉄道が走っており、ここに南大夕張駅がありました。

線路は撤去されていますが、列車の一部がここに保存されています。



列車保存全景

↑【南大夕張駅跡】

鉄道ファンにはたまりません。


先頭車両2両目客車

↑【南大夕張駅跡】

先頭に蒸気機関車が保存されています。それもラッセル仕様です。

そして当時そのままの客貨混合編成になっています。



後方車両後方貨車三菱マーク

↑【南大夕張駅跡】

列車後方に貨物車があり三菱のマークが書かれています。

この炭鉱が三菱資本で栄えていた事が良くわかります。



三菱大夕張鉄道保存会

↑【南大夕張駅跡】

私も知りませんでしたが、この列車は三菱大夕張鉄道保存会によって守り継がれています。



客車内

↑【南大夕張駅跡】

保存されている客車内を見学できます。

4人掛け対座シートです。
昔の国鉄でもこのようなシートでした。

幼少の頃、田舎で乗った客車を思い出しました。



鹿島通運

↑【鹿島通運】

南大夕張駅跡向かいに鹿島通運がありました。

石炭産出全盛期、この界隈の運送をしていた会社です。



●三菱大夕張鉄道保存会ホームページ
http://www.geocities.jp/ooyubari_rps/index.html


■「南大夕張駅跡」はこちらです。
南大夕張駅(廃止)








南大夕張駅跡から2km少々進むとシューパロ湖があります。

シューパロ湖はここにある大夕張ダム造成によりできた人造湖です。


ここに有名な鉄橋があるのをご存じでしょうか。

三弦橋

↑【三弦橋】

この三弦橋(さんげんきょう)は、先に紹介した南大夕張駅から夕張山中の森林切り出しのため敷設された森林鉄道 (大夕張営林署)にあった橋なのです。

実はこの橋、現在ある大夕張ダム造成に伴い、森林鉄道の移設補償工事により昭和33年完成なのですが、その後森林鉄道は昭和38年に廃止となったためわずか5年でその使命を終えました。

この橋は、四角錐を並べたような断面が三角形の橋の造りとなっているところから三弦橋と呼ばれています。正式名称は「森林鉄道夕張岳線第1号橋梁」です。
橋梁工学的にも大変珍しく貴重な橋なのです。


しかし大夕張ダム造成移設補償工事でできたこの橋も、現在造成中の夕張シューパロダムにより6年後には水没の運命にあるのは何とも皮肉な話しです。


三弦橋橋近くに大夕張ダム管理事務所があります。

画像

↑【大夕張ダム管理事務所】

この管理事務所も夕張シューパロダム完成後は湖底に沈む運命です。

新しい夕張シューパロダムは現在の大夕張ダム下流155mに造成中です。

●夕張シューパロダム ※財団法人日本ダム協会HPより
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/Dambinran/binran/All/All_3101.html


●夕張シューパロダム関連、国道452号代替国道工事関連サイト
  ※北海道開発局札幌開発建設部HPより
http://www.sp.hkd.mlit.go.jp/jimusho/iwamizawa/jimusho/koji/452_syup.html


夕張シューパロダム関連では各種土木工事が行われています。

土木技術者にとって大変勉強になる区域です。

ダム河川トンネル橋梁道路新設、何とも工種が豊富です。

残念ながら工事現場には関係者以外立入りできません。


シューパロダム関連工事用道路

↑【シューパロダム関連工事用道路】

対岸では盛んに工事が行われており、大型車が忙しく行き交っていました。



富良野芦別道立自然公園

↑【富良野芦別道立自然公園】

ここシューパロ湖周辺は富良野芦別道立自然公園に指定されています。


●北海道の自然公園と自然環境保全地域 ※北海道のHPより
http://www.pref.hokkaido.lg.jp/ks/skn/kouen/natureparks.htm



千年橋(代替道路)

↑【千年橋(2号橋)】

現国道がダム完成時水没するため代替道路の建設が進められています。

この橋は千年橋です。

かなり高い位置に建設している事から、ダム完成時の湛水線(ダム満水時の水位)が想像いただけると思います。


鹿島小学校跡

↑【大夕張地区】

ここ大夕張にあった小学校跡の案内標識がありました。



小学校跡から炭鉱方向を見る

↑【大夕張地区】

小学校跡から元炭鉱方面を眺めてみました。



コンベア群

↑【大夕張地区】


ベルトコンベア群がありました。

まだ新しい施設ですので、炭坑関連の施設ではなさそうです。

夕張シューパロダム工事関連の施設かもしれません。
(近くの工事標識にシューパロダム骨材製造工事と書かれていましたが・・・・)



大夕張の詳細については出身者の方が開設されているホームページがありますので、そちらをご参照下さい。


●「大夕張」紹介ホームページ(ふるさと大夕張)
http://www2f.biglobe.ne.jp/~mst_iida/


■「大夕張地区(大夕張駅跡)」はこちらです。
大夕張駅(廃止)





●大夕張駅 Wikipediaより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E5%A4%A7%E5%A4%95%E5%BC%B5%E9%A7%85






さて北部大夕張地区(鹿島地区)を後にし、清水沢方面へ戻ります。

南部市民体育館

↑【南部市民体育館】

途中、南部市民体育館がありました。



大相撲夕張場所ポスター
↑【大相撲夕張場所ポスター】




玄関に一昨日行われた大相撲夕張場所の案内ポスターが貼られていました。




夕鉄バス・清水沢駅前行

↑【夕鉄バス・清水沢駅前行】

現在の公共交通手段は夕鉄バスが運行されています。




懐かしの商店風景

↑【懐かしの商店風景】

途中商店跡を発見しました。

店舗に書いてある商品名がとても懐かしかったです。




さらに走行すると、小学校の廃校予告がグランドのフェンスに掲示されていました。

道路沿いのフェンス

↑【さよなら幌南小学校 '08年3月31日廃校】

炭鉱閉山に伴い人口流出が加速しており、財政難の夕張市としては小学校の統廃合を進めています。

財政再建団体入りはこんな所にも影響を及ぼしているようです。




校門校舎

↑【さよなら幌南小学校 '08年3月31日廃校】

卒業生の皆さんにとっては大変寂しい出来事です。


しかしここは夕張シューパロ湖湛水区域ではないので、湖底に沈む事はありません。


北部大夕張(鹿島)地区は夕張シューパロダム完成と同時に地図上からも消えて無くなってしまうのうは、当時の住民でなくとも大いなる寂しさを感じずにはいられません。



次回は温泉に入ります。


それでは。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 10
驚いた 驚いた 驚いた 驚いた
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

アクセスカウンター

[PR] 広告












ブログ内を検索

Google



温泉マンタオル
(ここで作製しました)

オリジナルタオル専門店タオルショップジェイピー



なかのひと





夕張訪問記 その11 『大夕張』 北海道人の独り言/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる