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zoom RSS SL C62-3号機復活(前編)

<<   作成日時 : 2006/12/10 17:01   >>

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1987年(S62)3月31日、小樽築港機関区でC62-3号機は再生の汽笛を上げたのです。
懐かしき日々を振り返り記事を前編、後編の2回に分けて書いてみます。

C62-3号機再生に北海道のIT企業が大きく関わっていたことを皆さんも知っていたことでしょう。

前編では、当社とその企業との歴史について書かせていただきます。
後編では、実際にSLが再生運行された際の乗車風景を書かせていただきます。


そのIT企業とは 「ハドソン」 です。
●株式会社ハドソン ホームページ
http://www.hudson.co.jp/index.html

当社もハドソンとお付き合いがありました。

当社がゲームソフトを作っていた訳ではありません。

ちなみに私は2つの会社でサラリーマン生活を過ごしています。
大学を出てすぐに道路舗装会社に勤務し、その後設計コンサルタント会社で勤務していました。
私がサラリーマンを辞める1年前、即ち設計コンサルタント会社に勤務していた時、会社でコンピュータ関連の事業部を設置したのです。
そして社員も数名新規に採用したのです。

私は元々担当の設計部門と合わせこの部門も担当となりソフト開発を行ったのです。
その時ハドソン関連会社の方と出会ったのでした。
その方はハドソン関連会社社長でありハドソンの常務取締役の方でした。

私が担当していた事業部が始まってまもなく私が勤めていた会社は経営危機に陥ってしまいました。
それは私が担当の事業部不振ではなく、それ以前より始めていた建築のリフォーム事業がうまくいかないためでした。

そんな折り優秀な技術者から会社を去り始めました。
会社の中枢である設計コンサルタント部門の上司が辞め、その部下も辞め始めました。

私も判断をしなければならない時がやってきました。
辞める上司から私の考えを聞かれ、私は新しく作ったコンピュータ関連の事業部の人間を連れ独立する事としたのです。

独立と言えば聞こえは良いですが、明日から仕事を確保して収入を得て行かなくてはならないのです。

独立にあたっては、前述のハドソン関連会社の社長の暖かい助言をいただきました。


1.資金援助はできないが仕事の提供協力はする。
2.協力するに当たり、場所は近い方がいい。
3.独立するなら個人事業より法人設立がいい。
4.採用する(連れていく)人間は最低限にした方がいい。
5.見栄ははらず一旦はプライドも捨てよ。
etc.....


そのような理由で会社は当時ハドソンの本社があった札幌市豊平区平岸に決めたのです。
(現在は石狩市へ移転)

ハドソンと直接的なお付き合いはこの時点から始まりました。

最初いただいた仕事は、ゲームユーザーの登録カード入力業務です。

当時ハドソンでは8ビットPCファミコンソフトがバカ売れしていた時代で、ユーザー登録カードも数十万件以上あったかと思います。
ダンボール箱何箱にも入れられたハガキの山に驚いたものです。

ほぼ1年間以上この仕事を続けていたのです。

さて当社とハドソンとの出会いについてはこの位にして、今回のテーマであるSL復活への思いへ話しを転換させていただきます。

ハドソンの歴史は昭和48年(1973)5月にさかのぼります。
工藤社長が札幌平岸の地に「CQハドソン」というアマチュア無線の販売店を開設した事にはじまります。

工藤社長には並々ならぬ 「C62」 に対するこだわりがありました。

工藤社長は子供の頃から「つばめ」のマークが付いた蒸気機関車C62が大好きで、会社を作るなら名前は「ハドソン」と決めていたのです。
「C62」の中でも「C62-2号機」がお気に入りでした。
「C62-2号機」は東海道本線の特急「つばめ」、そして工藤社長の故郷ニセコ町のある北海道・函館本線を急行「ニセコ」としてけん引したからです。

また当時の札幌市豊平区の郵便番号が「062」であったので、豊平区に会社を設立したとも言われています。

鉄道ファンの方なら今更説明の必要はありませんが「ハドソン」とはC62形という蒸気機関車ハドソン形という車輪配置から取ったものなのです。

また会社の電話番号末尾4桁が「4622」も意味があります。
「C62」は「シロクニ」と呼ばれています。
本来であれば「4692」となるように思われますが、工藤社長はC62の中でも2号機に大変なあこがれを持っていたので「C62-2」を分解し
「C(シー)」→4  「62-2」→622 で「4622」となったのです。

そして工藤社長は会社での重要案件判断の際、京都梅小路蒸気機関車館に動態保存されていた「C62-2号機」まで足を運び願を掛けていたのです。

私がハドソンとお付き合いをして一番記憶に残っている言葉があります。
「0」「1」にする発想 です。


その理念とは・・・・・

何もないところに、ひとつの形を作り出す。
だれも手を出していない物にアプローチし、その世界を形成する。
これらを成し遂げるには、想像を絶するパワーが必要だ。
形成されたものを継続するパワーは、それに比べれば、たいしたことはない。


私は昔も今もこの言葉を肝に銘じている。

実はこれ、今の建設業にすっぽりと当てはまる言葉だと思っています。

だからこそ 「空知建設業協会」 のチャレンジを私は高く評価したいのです。


このような歴史は1987年(S62)5月に発刊された 「取説ハドソン ハドソン取扱説明書」 に詳細が記載されています。

かろうじて当社書庫から1冊見つかりました。

ハドソン取扱説明書(表紙)


↑【ハドソン取扱説明書】
ハドソンの歴史が詰まっている解説本です。

このような本を出版する事自体いかにもハドソンらしい社風です。


取扱説明書(中身)


↑【ハドソン取扱説明書】
工藤社長悲願のSL復活模様が記載されています。


さてアマチュア無線機販売店としてスタートし、その後ゲームソフトで全国にその名を轟かせるに至ったのです。
当時カセットテープに納められていたソフトの注文が全国から殺到し、店舗2階にて毎日徹夜でカセットテープをダビングし、管轄の郵便局からダンボールに入った多量の現金書留が届いていた話しはあまりにも有名です。

またソフト業界の神話となっている「日航機まるごとチャーターして社員全員でハワイ旅行」の話しは今でも語り継がれています。


工藤社長はゲームでの成功後も、創立の地「CQハドソン」を忘れることなく同地にて毎年正月3日に店舗前にて会社関係者及び取引先の方を集め餅つきを行うのが恒例でした。


当社も何度かお邪魔させていただきました。
1988年(S63)1月3日の時の写真がありましたので紹介します。

ゲームファンの方ならご存じの方が写っています。

CQハドソン前記念撮影


↑【CQハドソン】
高橋名人と我が家家族で記念撮影。

この時、頭の部分はまだフサフサしていました。(失礼)

そういえば今年11月の人事で高橋名人(本名:高橋利幸さん)は、役職も正式に「名人」となりました。
詳細は下記をご参照下さい。

●高橋名人(ウィキペディアフリー百科事典)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E5%90%8D%E4%BA%BA

●高橋名人 公式ページ 16SHOT
http://www.hudson.co.jp/16shot/


CQ餅つき


↑【年始恒例の餅つき】
ハドゾン幹部の方が集まり盛大な「餅つき」が行われます。


社長・副社長


↑【社長・副社長・社長室長】
写真左から工藤浩副社長(当時)、工藤裕司社長(当時)、植松逸雄社長室長(故人)です。

工藤社長は後ろ姿ですが、帽子が特徴的なのでおわかりいただけるかと思います。


ハドソンに関してはまだまだここで語り尽くせぬほどの思い出やエピソードがありますが、いよいよ次回後編では「C62-3号機」に乗車した記録を書きたいと思います。



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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
高橋名人は琴似出身で、私の義兄と同級生だったというプチ情報はいりませんね・・。(笑)
ハドソンに関しては詳しいことは知らなかったのですが、電鉄シリーズのきっかけが解った様な気がします。
nikumaru
2006/12/11 11:59
●nikumaruさん
高橋名人のプチ情報ありがとうございます。
高橋名人の実家は確か金物屋さんでしたね。高橋名人はハドソン入社前、ハドソン近くのスパーで青果部に勤務していました。
いずれにしても懐かしい話です。
nikumaruさんは電鉄シリーズのファンだったのでしょうか。
我が家はお付き合い関係でPCエンジン関係のソフトファンでした。
温泉マン
2006/12/11 12:17
最近、桃鉄の最新版、TVCMやってますね。(1回だけ目撃!)
Wiiが手に入らないので正月は子供と桃鉄で遊ぼうかなと思ってます。
カルゴン
2006/12/12 09:15
●カルゴンさん
巷ではWiiが大人気なんですね。
私はあまりゲームしないのでその辺の感覚がピンとこないんです。
桃鉄で遊ぶのも息子さんとの良いコミュニケーションになるのではないでしょうか。
温泉マン
2006/12/12 10:23
Wiiが欲しいのですがなかなか買えませんねぇ。
早く手に入れたいのですが朝から並ばないと買えないらしい・・
無線LANも付いているし、つなげると家庭のTVでinternetが出来るようになるので便利そうですよ。
カルゴン
2006/12/20 12:03
我が家は子供も成人し、ゲーム機の購入に今は早朝から並ぶ事もなくなりました。
「たまごっち」がブームの時はあちこちの店舗に早朝から並んだのが今や懐かしい思い出になっています。
温泉マン
2006/12/20 23:35

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